理系作業療法士のブログ

整形外科、認知症、内部障害の作業療法を中心に取り組んでいます。OTの仕事や研究について書いていきます。

考察って何?〜プロのための考察〜

学生が来れば考察を書かせ、新人が来れば考察を書かせるーーーーーー

経験年数が増えれば増えるほど自分では発表せず、若い人が書いたものに難癖つける。

とりあえず「エビデンスは」と聞いてみる。学会に行けば嫌でも目に着く光景で、OTをやめたくなる瞬間の一つです。

ブラックジョークはこの辺にして、この考察というものが非常に厄介です。突き詰めれば当たり前の事実に行き着くし、そうでなければ妄想になります。

例えば、上腕骨の形状と鎖骨・肩甲骨の形状を知り、4次元的に運動を理解していれば、肩関節の関節運動は自然と決まります。

つまり、突き詰めればもうその方法しかないというところに行き着き、原因は自然と決まるし、やるべきことも自然と決まります。

一方、新しい手技があったとします。◯◯法とか◯◯手技といったものです。ある患者さんには有効な場合があるかもしれません。

しかし我々は、プラセボ効果の威力を知っています。二重盲検化試験に近いデザインの研究をクリアしていないものは、正直あまり…と感じます。

そうすると、考察と定跡の線引きは何か?という疑問にぶち当たります。

 

定跡とは何か?

将棋を指さない人には「定跡」という言葉に馴染みがないかもしれません。

定跡を簡単にいうと、これまでに様々な人(棋士達)が指してきた道筋で、良いとされている方法のことです。

作業療法の世界でも、これまでのOT達の通ってきた道筋があります。

定跡を知っていれば、日々の臨床の世界で思考を減らしてより時間を有効に使うことができるようになります。

正直、勉強するのはこの定跡を増やすためと言っても過言ではなく、知っているだけで解決できる方法が増えるため、勉強すればするほど、素早く問題解決することができるようになります。

コクランレビューや診療ガイドラインもそうだし、本や論文も役立つでしょう。

その一方で、知識が増えれば増えるほど、どこからが考察でどこからが定跡なのか、分からなくなってきます。

実際、学会発表の際にレジュメの「考察」欄は自分の主張と同じことを言っている本や論文を書いている偉い先生を探してきます。

ただ、自分と同じことを言っている人が過去にいるならば、その発表や論文はさほど新しいものではないということですし、そこに意味があるのか?という疑問が必ず湧いてきます。

ここで考えるのをやめてしまうのか、それとももう一歩踏み込んで考えるのかで決まると思います。(なんの仕事でもそうだと思いますが・・・)

 

臨床能力の高さ=全体から部分を考える能力

どんな職場にも、「この人臨床能力高いな」と感じる人は一人はいるのではないかと思います。それは一体なんでしょうか?

その人の何がうまいのかを言葉にするのは難しいのですが、自分なりに考えて言語化すると、物事を全体的に診ることのできる人がうまい人なのではないかと思います。

 

遠回りしてから戻ってくる〜呼吸から脳を考える、脳から整形外科を考える〜

一つの分野だけでやっていると、頭打ちになることがあります。

それは、物事を一面的にしか見ていないからということが多いです。

多面的に見ることで、それまで行き詰まっていたところが急に広がることがあります。

私の場合、呼吸、整形外科、脳、循環などを勉強しています。

それぞれ関係ないと思われるかもしれませんが(実際よく言われる)、そんなことはありません。

人間の中で起きていることなので、当然深めて行くと密接に関係しています。

少しずつ知識を深めて行くことで、呼吸を知ることで脳を知ることができ、脳神経の知識から整形外科を考えることができます。

そんなことできない、と思うかもしれませんが、最初は自分の得意なところから深めて行き、それができたらまた別の分野、と少しずつ広げていき、時々戻って景色を眺めて見ると、結構色々な発見があるものです。

それが真に有用な「考察」ではないでしょうか。

簡単に得られる考察なんて、プロとしての価値はありません。

毎日、ゆっくりでいいからほんの少しずつ前に進む、できることならば遠回りして進むことが大切なのではないでしょうか。

 

最後に、メジャーリーガーのイチロー選手の言葉をご紹介致します。

「合理的に最短距離で進める方法はないです。でももし仮に、まったくミスなくそこにたどり着いたとしても、そこに深みはでない。遠回りすることって、大事ですよ。遠回りすることが、結局一番の近道だと、僕は信じてます」(稲葉元選手とのインタビューから抜粋)